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[C1] こちらでは初めまして!

とても興味深く、一気に読ませていただきました。
子育ては、実際に経験してみないと分からないことがたくさんありますね。
「叱らずに育てる」って、意外に難しいです。
24時間子供と一緒にいると、時には些細なことでイライラしてしまったり、つい感情にまかせて叱ってしまったり・・。
あとはどうしても「しつけ」ということが頭をよぎり、叱ってしまいます。
でも、双方が感情的になっている状態では、伝えたいことも全く伝わらないんですよね。
大人同士の関係でもそうかもしれません。
「論理的結末」という手法はとても参考になりました。
私も今後心がけてみたいです。
  • 2008-10-22
  • 投稿者 : みわ
  • URL
  • 編集

[C2] こちらこそ、初めまして!

無味乾燥なブログにコメントをいただいて、ありがとうございます。
みわさんは、このブログの最初の訪問者です。
アドラーの子育て理論でも、「躾」そのものは否定しません。
「論理的結末」は言語を媒介として行うものですから、言語をよく理解できない発達段階にある幼児に対しては、通用しないことになります。子供の身を守るためや、食事の作法などについては、教え込むことが必要です。ただし、感情的な叱責という方法は取りません。アドラーは感情は他人を操作する道具であると定義し、通常、感情の爆発を使うことは望ましくないと考えます。
とは言え、親も生身の人間、腹を立てざるを得ないこともあります。それを如何にコントロールするかが課題となります。

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叱責と「論理的結末」

 これは順番が前後してしまったが、私がアドラー心理学と出会う前の次男が3歳のころまでの話である。拙宅は一戸建てではあったが中心街にあり、敷地が狭く、庭らしい庭はなかった。活動的な遊びが好きなこの時期は、家の中で暴れると言う表現の遊びがあった。そのひとつが、障子破りである。私の父は非常に几帳面で、整理整頓の面で実にきちんとした人であった。子供達が障子を破ると、すぐにその補修を自らの手で行っていた。また、父は孫を滅多に叱らない人でもあった。長男と次男は、故意に障子を破いて、アハハハ と笑い転げて喜んでいた。私の父は多少の注意をしたり、私の母も嘆 いてはいたが、感情的になって怒ることはなかった。今になってみると、大したものだ と思う。孫に対する愛情が激怒を抑えていたのだと思う。付け加えておくと、私達が子供のころに、いつまでも玩具で遊んでいると、買ったばかりの玩具を壊してしまうなど、若いころは、短気な一面があったのにである。
 私達親は仕事から帰宅したときには、大概は綺麗に補修された状態だったため、もうひとつ深刻には受けとめられず、激しい叱責を加えるとことがなかった。
 長男の話であるが、足漕ぎ式の自動車を家の中で乗り回し、新築して数年しか経過しない和室の京壁を1メートル四方、落としてしまったこともあった。それでも私達は、子供達を激しく叱責することはなかった。
 アドラー心理学の立場では、「論理的結末」と呼ばれる手法を使えと教える。すなわち、叱ったり、罰を与えるのではなく、双方が冷静なときに、行為の結果や将来予測される現象を冷静に説明し、本人に行為を選択させるべきだと考える。
 アドラー心理学と出会う前の私達は、このような手法を取ることはなかったが、いつ の間にか障子破りは消失し、京壁を2度と落とすことはなかった。
 なお、断っておきたいが、障子破りは頻繁でも、襖については破ることがなかった。子供は何が許され、何が許されないものなのか、子供の目でよく見ているものだとつくづく感心する。

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2件のコメント

[C1] こちらでは初めまして!

とても興味深く、一気に読ませていただきました。
子育ては、実際に経験してみないと分からないことがたくさんありますね。
「叱らずに育てる」って、意外に難しいです。
24時間子供と一緒にいると、時には些細なことでイライラしてしまったり、つい感情にまかせて叱ってしまったり・・。
あとはどうしても「しつけ」ということが頭をよぎり、叱ってしまいます。
でも、双方が感情的になっている状態では、伝えたいことも全く伝わらないんですよね。
大人同士の関係でもそうかもしれません。
「論理的結末」という手法はとても参考になりました。
私も今後心がけてみたいです。
  • 2008-10-22
  • 投稿者 : みわ
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[C2] こちらこそ、初めまして!

無味乾燥なブログにコメントをいただいて、ありがとうございます。
みわさんは、このブログの最初の訪問者です。
アドラーの子育て理論でも、「躾」そのものは否定しません。
「論理的結末」は言語を媒介として行うものですから、言語をよく理解できない発達段階にある幼児に対しては、通用しないことになります。子供の身を守るためや、食事の作法などについては、教え込むことが必要です。ただし、感情的な叱責という方法は取りません。アドラーは感情は他人を操作する道具であると定義し、通常、感情の爆発を使うことは望ましくないと考えます。
とは言え、親も生身の人間、腹を立てざるを得ないこともあります。それを如何にコントロールするかが課題となります。

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